arcanum_jp’s blog

おっさんの日記

PC-6601が歌うタイニーゼビウス


ビッグコミック 2009/01/25発売号の「上京花日」を見ていて思った。 主人公の友人が思いをはせる雑誌の話。話では創刊から長い間発刊してきた雑誌が休刊になるということで最後を見取る話なんだけど、情熱をかたむけてきたものが無くなる瞬間ってのはなんにしても悲しいね。この漫画、どんどん僕を引き込んでいくよ。今後が楽しみ。




 永遠に続く雑誌なんかありゃしないけど、この話を読む前に自分にとってはすごくタイムリーに感じたんだけど、この話を見る前にこんなものを見つけたこともあり、ベーマガのことを思い出した。




PC-6601が歌うタイニーゼビウス


 登録日を見ると2年ぐらい前らしい。「ちいさな宇宙のような箱」あの頃の僕たちの気持ちをよくあらわしているよ。リンク先の歌はPC6601のことであるが、僕は高嶺の花が買えなかったわけではないけど、MSXでゲームやったりベーマガのプログラムをヒーコラ打ち込んだり、はたまたベーマガに載ってやるんだ!ってゲームを作ろうとしたりしていた。(買ったときはPC98なんて存在知らなかったのさ)



 リンク先の歌では秋葉原が思い出の場所みたいな感じだったけど、僕ら地方都市の子供にとってはあこがれの地みたいな感じだったろうか。パソコンサンデー?一度は見たいと思ったね。修学旅行の途中で五反田なんて看板を見たときには「あぁ、ここであのベーマガが・・・」なんて胸を躍らせたもんだ。晴れてベーマガに掲載されたときは編集部から届いた封筒、見本誌、中に入っていた掲載のお知らせ、郵便為替、源泉徴収のお知らせ、すべて宝物だったよ。



仙台の場合は、ダックデンコードーかな。あの頃は仙台駅の西側に比べ、東側は全然発達していなくて、細くて人気の少ない道を歩いて行くとあったんだ。魔法の場所デンコードーが。数年前になくなったんだけど、このときも時代が変わっていったんだなぁって感じた。



 「単身花日」の話の中で休刊は時代への対応遅れって言葉があったけど、ベーマガの場合はどうだったろうか。少なくとも何もしていなかったわけではないと思うけど、僕は休刊間近の頃はベーマガは購読しなくなっていた。そう思うと休刊の一端は自分も負っていたんだなと感じるんだけど、この雑誌だけはずっと続くと思っていただけに、悲しいという気持ちと、時代が遠くなっていくんだなぁって感覚があった。



 あの雑誌のいいところは、いろんな機種のプログラムが見れたこと。MSXベーシックの視点からX1のPCGってスプライトとは違うのかとか、PC6601のグラフィックをスプライトのように扱えるってどんなことだろうかとか、考えたり、MZ700のキャラクタのゲームやってみたい!って本気で思ったり、そこからほかの機種で面白そうと思ったゲームの移植を考えたりと、自然とほかのベーシックとの違いを考えながら見ていたと思う。今こういった形体の雑誌を考えるとしたら、いろいろな機種ではなく、言語がターゲットになるのだろうか。



 Java,Ruby,Perl・・・いろいろ言語はあると思うけど、プログラム始めました!って人が自分で打ち込める大きさの物でいろいろな言語の物を雑多に見ることができるとしたら「おれはJavaだけ」とか考えなくなると思うし幅が広がると思うんだ。いろいろな言語の人たちが一つ所でアレコレと面白がってやる。どうなんだろう。