arcanum_jp’s blog

おっさんの日記

ホリエモンの「君はどこにでも行ける」を読んだ

君はどこにでも行ける

君はどこにでも行ける

 ツイッターなどで見ていると、ホリエモン、アンチも多いけど、相対的にみんなの心をつかむね。偏見の無い突き抜けた考えが魅力なんだと思う。仕事などでもオフショアとか言いながら安いからって中国に大事な基盤部分を頼むのをみているに、既に日本は安い以前に人材も見向きもされない国(業界)になっているんじゃないかなと以前思ったけど・・・


 アジアでの日本が現在どういう位置にいるかホリエモンの出所後旅行した雑感として中国、タイ、シンガポールが(経済的に)上で、韓国と同じぐらい、フィリピン、マレーシアなどは下(ただし急迫しつつある)あたりだという。相対的に安い国になっていると。


 その象徴として、日本人が言う「爆買い」がある。アジアの人たちがわーーっと日本に来て買っていくアレだ。日本人の心象としてはよそ者がやってきて根こそぎ買っていくのは収入が増える反面、不安になってくる。日本人が失われたうん十年といっている間、アジア諸国は日本を追い抜いていったわけだけど、当の日本人がそれを感じられないんだろう。


 ホリエモン自身はその爆買いなどは特に問題ではないという、。それは安くなった日本、買われるということは評価されているということであり、外資が入って来やすい今は実はチャンスだという。その際にキーワードとなるのはウインブルドン現象を恐れるなと言うこと。


 ウインブルドン現象は、門戸を開放した結果、外来勢が優勢になり、地元勢が消沈または淘汰される(Wikipediaより)ことで、著書では相撲業界のことを例に出している。しかし。相撲業界は、門戸を閉じていた外国籍の力士のスカウトを解禁し、スター選手は外国籍の選手で占められるようになってしまったが、それにより取り組みのクオリティが上がり、人気を取り戻したという。営業面ではモンゴルなど他国への放映権の販売にもつながる。つまり、徹底的に外に開いて外の金をとりに行けということ。

ウィンブルドン現象ウィンブルドンげんしょう)とは、「門戸を開放した結果、外来勢が優勢になり、地元勢が消沈または淘汰される」ことをいう。狭義には、市場経済において「自由競争による地元勢の淘汰」を表す用語である。特に、市場開放により外資系企業により国内系企業が淘汰されてしまうことをいう。ウィンブルドン効果とも呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%B3%E7%8F%BE%E8%B1%A1

 今、日本がなんとなく保守化しつつあるのは、先進諸国が同じく通ってきた道だし、なにも日本だけが保守化しているのではない。保守化しつつある日本にとって門戸を広げるというのは不安でしかないし、だたその不安はどうやったら消せるかと言うと、時間が解消してくれるという。欧米諸国の人たちは多少の痛みや苦しみはあれど経験してグローバルに対応している。という。先日読んだ「地域再生の失敗学」でもだったけど、外に開かれていない社会は自滅していくだけで、痛みを知りながら変わっていくしかないんだよなと。


 日本人は地理的にも島国と言う性質上同じような人たちが集まってしまってて、皆知った顔で自立する必要がなかった。社会の中で生きていけた。自立心が無いでしょってことだよねこれ。先の島国と言う性質は、戦前ならそれが幸いして他国から攻められるといった心配は無かったし、それによってアイデンティティを侵害されるなんてことは無かった。島国が幸いしていたけど、今の時代はそれが不幸になっている。


 ホリエモンは、日本は安くなっている。対してアジア諸国は日本を追い抜いていっている。アジアの魅力、あと欧州の魅力も語った上で、日本、東京の地の利、素晴らしさ。あと日本各地の著者が推す地域を著者の視点で書いている。普通我々が意にも解さないような部分が世界を旅した経験から、我々が見えていない魅力を語る。本屋やTVなどを見ているとなぜか日本を礼賛するようなのを見ることができるが、ホリエモンの言う魅力は今、日本人が見ていない「埋もれてる未来への可能性」についてだ。

 さて、本の題名となっている君はどこにでも行けるとはどういうことだろうか。

 グローバリズムの台頭によって、世界は地理的にも時間的にも融和しつつある。その中で、国境と言うものは無意味になりつつあるが、人は今、自分がいる場所から出て行くということがまだ物理的な、身体的なレベルで制約されている(と思っている)実は自分を制約する国境は頭の中にあるという。


 それは、世界は超えなくちゃならない障害だらけと言う自分自身の思い込みであり、その制約を取り払うことが必要である。多分ホリエモンは、国境と言う言葉を、国と国の境目と言う大きい意味のほかに、自分と外を隔てる境界線、自分の中に作った天井という意味でも使っているのだろう。


 その頭の中の国境を取り払えば体が実際に外国に行かずとも今いる場所でも入ってくる情報の量は格段に上がる。頭の中の国境を取り払うためには「何をしたいのか」と言うことを自分の中ではっきりさせることだという。それは著者の言葉を借りれば「好きなことを好きなだけやる」生き方であり、それが価値を持つであろうという。


 ホリエモンの言う、没落しつつある日本人である自分たちの未来は「富裕層」「若者への期待」なんだよなぁ。そんだけ日本はもう世界的な地位は低いとともに、だけど、その中でも日本の魅力は凄いで?ってことで日本も捨てたもんじゃないでよ?って言っているんだよなぁ。あとはみんなが気づけるかどうかなんだろうね


 ホリエモン特有の悪い感情のない物事に対するいい面を知ることが出来た。普段みんなが考えてる、見てる方向とは別の方向が見えてるんだね、そう言った見方が出来れば人生は楽になるんだろうなと。